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『21世紀の資本』
 ◇富の格差鋭く分析、分配問題を核心に
 資本主義の格差拡大傾向を鋭く分析した世界的ベストセラーの邦訳版が、ついに出版された。本書は、富の格差や社会階級の問題に関心を失った現代経済学を批判、分配問題を経済分析の核心に戻すと宣言する。これは、19世紀までの古典派経済学が持っていた良質な問題意識の復活でもある。18世紀から21世紀初頭の膨大な各国データで歴史的実証分析を行い、そこから資本主義に内在する傾向法則を掴(つか)み出そうとする。そのタイトルはもちろん、マルクスの『資本論』を意識したものだ。
 本書の分析結果が国際的に敬意を払われているのは、ピケティが、「分配論」(第3部)の科学的基礎として「資本蓄積論」(第2部)を、詳細な実証分析に基づいて展開しているからだ。格差拡大傾向の指摘だけなら、本書がここまで影響力をもつことはなかったであろう。彼はまず、20世紀に二つの世界大戦による破壊と、平等化を目指す公共政策の導入で打撃を受けた民間資本の蓄積が1970年以降、本格的に復調してきたことを確かめる。そしてシミュレーションで今世紀末までには、国民所得に対する資本の価値比率(資本/所得比率)が、格差の大きかった19世紀末の水準にまで高まると予測する。
 もっとも、資本蓄積が高度に進むと、資本の限界生産性(収益率)が低下するという矛盾が生まれる。だからこそマルクスは、利潤率低下で資本主義は崩壊すると予測した。だが資本主義は、想定以上の柔軟性を発揮し、収益率低下を上回る技術進歩や、より収益性の高い資本用途の発見により、国民所得に占める資本シェアの低下を回避することに成功してきた。
 しかし、資本蓄積は別の問題を引き起こす。格差の拡大だ。ピケティの功績の一つは、歴史上ほぼすべての時期で「資本収益率(r)」>「経済成長率(g)」が成立していることを明らかにした点にある。これは、資本の所有者に富を集中させるメカニズムが働いていたということだ。民主化と平等化が相伴って進展した20世紀は、例外的な時期だったと振り返られる可能性すら出てきている。
 資本蓄積が高水準に達し、しかも低経済成長レジームに入った21世紀では、新たに付け加えられる富よりも、すでに蓄積された富の影響力が相対的に強まる。これは、「r>g」による格差拡大メカニズムをいっそう増幅させる。ピケティは1980年以降、国民所得に占める相続と贈与の価値比率が増加に転じたことを確認、相続による社会階層の固定化に警告を発する。
 だが「r>g」は、20世紀がそうだったように、資本主義に不可避的な経済法則ではない。特に国家による資本(所得)課税のあり方は、資本収益率に決定的な影響を及ぼす。1980年以降、グローバル化で各国間の租税(引き下げ)競争が強まり、資本課税は弱体化してしまったが、ピケティは、国際協調に基づく「グローバル資本税(富裕税)」の導入が不可欠だと強調する。これは、個人が国境を超えて保有する純資産総計への課税だ。その実現は、夢物語ではない。OECDで租税情報の国際的自動交換システムの構築が進展しているからだ。
 こうした課税システムは、経済と金融の透明性を向上させ、資本の民主的統制を可能にする。21世紀をどのような世界にするかは結局、市場と国家に関する我々の選択にかかっている。その意味で本書は、格差拡大に関する「運命の書」ではなく、資本主義の民主的制御へ向けた「希望の書」だといえよう。
 〈評〉諸富徹(京都大学教授・経済学)
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 山形浩生、守岡桜、森本正史訳、みすず書房・5940円/Thomas Piketty 71年、フランス生まれ。パリ経済学校教授。