日曜日, 4月 19, 2015

ジジェクのヘーゲル論:再掲

           (ヘーゲル3or4?リンク::::::::::
NAMs出版プロジェクト: ジジェクのヘーゲル論:再掲
http://nam-students.blogspot.jp/2015/04/blog-post_19.html(本頁)
NAMs出版プロジェクト: The Cartoon Laws of Physics
http://nam-students.blogspot.jp/2011/10/cartoon-laws-of-physics.html

以前、ジジェクのヘーゲル論を紹介した際に言及したが*、コジェーヴがプラトンの神学との関係において、スピノザ、ヘーゲル、カントを図解していて興味深い。


邦訳『ヘーゲル読解入門』p185-189参照。

プラトンの神学では円環的な知という大きな円に概念という小さな環があった(上)。それに対してスピノザは概念そのものが存在となることで自らが宇宙となり、図では大きな円である宇宙が消える(左下)。
ヘーゲルは概念から絶対知へ至ることで自ら神となる。図では概念の運動は消える(中央下)。以前紹介したジジェクの図*とは違うが、アウフヘーベンすることで自ら登った階段を外すと考えれば妥当だと思う。
カントは仮説的に神の概念を想定するので、小さな円は実線ではなく点線で表される(右下)。
完全に納得できるわけではないが、カント哲学とスピノザ哲学の相補性がこれだとうまく説明できる。

コジェーヴ作製の図は他にもあり、ちなみにアリストテレスの多神論的神学は小さな円が数個プラトンのそれに書き加えられたものとなっている。 

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http://yojiseki.exblog.jp/7122305/


ジジェクはカントの4つの二律背反の前半の数学的矛盾を女性的な二重否定 とし、
後半の力学的矛盾を男性的な全称肯定的とした(『否定的なもののもとへの滞留』
ちくま文庫112頁)。
これだけで何のことだか分からないが、『為すことを知らざればなり』ではうまく
そうしたラカン&コプチェク仕込みの観念をグレマスの記号論や古典的論理学とつなげて説明し
ている。

ちなみにジジェクはカントとヘーゲルを以下のように図示してもいる(邦訳『為すこ
とを知らざればなり』366,367頁)。

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へ−ゲルは単に円環を閉じたのではないところがミソだ。
ジジェクはコジェーヴ『ヘーゲル読解入門』における図(邦訳168,185~189頁)をヒントにして
いるに違いない。
(ジジェクはヘーゲルをプラトン化している。)
『為すところを…』を読むとジジェクがコジェーヴの系譜にあることが
はっきりわかる
他の本だとわからない
サブカル、オペラに興味があれば別の本を推薦するが、、、

1 Comments:

Blogger yoji said...

コジェーヴはラカンに教えたから間接的にはコジェーヴ的とも言えるが、
ジジェクの宙返りという表現はコジェーヴよりラカンに近い

10:53 午前  

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