火曜日, 11月 03, 2015

サルトルとドゥルーズ:メモ

                  (文学哲学(ドゥルーズ体系)リンク::::::::::
ドゥルーズ体系:メモ
http://nam-students.blogspot.jp/2015/10/blog-post_72.html  

サルトル(1905-1980)とドゥルーズ(1925-1995):メモ
http://nam-students.blogspot.jp/2015/11/blog-post_77.html(本頁)
『存在と無 』サルトル(L'Être et le néant,Jean-Paul Sartre) 1943
http://nam-students.blogspot.jp/2015/11/letre-et-le-neantjean-paul-sartre.html
『弁証法的理性批判』サルトル 1960
http://nam-students.blogspot.jp/2015/11/blog-post_66.html
サルトル 「いま 希望とは」Sartre L'espoir maintenant : 朝日ジャーナル 1980
http://nam-students.blogspot.jp/2015/11/1980041804250502.html
Sartre par lui même (1976) サルトル―自身を語る
http://nam-students.blogspot.jp/2015/11/sartre-par-lui-meme-1976_24.html 
サルトル「自らの時代のために書く」Sartre “Écrire pour son époque” 1948
http://nam-students.blogspot.jp/2015/11/sartre-ecrire-pour-son-epoque-1948.html
 
ジャン=ポール・サルトル - Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B8%E3%83%A3%E3%83%B3%EF%BC%9D%E3%83%
9D%E3%83%BC%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%82%B5%E3%83%AB%E3%83%88%E3%83%AB
 
ドゥルーズ体系:     分子化
      スピノザ 【 分 析 】 HeideggerKant 
     Hegel\   |   /
           千のプラトー
        ライプニッツ| ベルクソン
             \|/
 【規定】差異と反復ーーーシネーーー意味の論理学【反省】
             /|\     [修辞学?]
        フーコー/ | (ヒューム
       (Marxアンチ Freud
          /・オイディプス
      サルトル 【 総 合 】 ニーチェNietzsche

デリダは、『パピエ・マシン』(邦訳下96頁原注)で、サルトルの『レ・タン・モデルヌ』創刊の辞を引用している。
「すべての人間は同胞である。同胞愛は、分散した分子を結ぶ受動的な絆である。この絆は分析的な精神には想像もつかないような行動的な連帯、階級的な連帯の場となるのである」(『シチュアシオンII』邦訳13頁)
しかし、私見ではドゥルーズは『千のプラトー』において、地質学、動物生態学など、分割し、分析することで、分子化とその結合を可能にする道程を見つけたと考える。 実存は分析することで本質と交わるのである。分析がなければ総合もない。

http://mixi.jp/view_bbs.pl?comm_id=1029413&id=8618960
ここでは、無神論的実存主義の哲学者・作家・劇作家のジャン=ポール・サルトルを取り上げます。

◆ジル・ドゥルーズとの繋がり
クレーヌ・バルネとの『対話』(邦訳『ドゥルーズの思想』で、ドゥルーズは「サルトルはわれわれの<戸外>、まさに裏庭の涼風だった。」とし、「ソルボンヌのすべての確率の中で、彼こそがわれわれに再び零からやり直す力を与えてくれる唯一の組み合わせだった。」としている。ドゥルーズにとって、サルトルは「模範でも、方法でも、手本でも」なかったし、「実存主義にも現象学にも魅力を感じていなかった」が、「知性の状況を不思議なほどに変えた一知性」であったという。(田村毅訳、21~22頁)

◆ジャン=ポール・サルトル
 (ジャン=ポール・シャルル・エマール・サルトル Jean-Paul Charles Aymard Sartre)
1905~1980
フランスの哲学者・作家・劇作家。
パリで生まれる。海軍技術将校であった父を幼いときに亡くし、母方の祖父のもとで育つ。
高等師範学校で哲学を学ぶ。シモーヌ・ド・ボーヴォワールと出会い、生涯の伴侶とする。
小説『吐き気(邦題『嘔吐』)』と、哲学論文『存在と無』によって、無神論的実存主義の代表的作家・哲学者となる。
「共産主義者と平和」以降、マルクス主義に接近し、『弁証法的理性批判』によって、自身の実存主義をマルクス主義に寄生する思想と位置づける。
自伝『言葉』を発表後、1964年にノーベル文学賞に指名されるが、辞退をする。

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ドゥルーズにサルトルに関する単著はないが、 以下発言をまとめる。

SARTRE. Sartre a ete tout pour moi. Sartre a ete quelque chose de phenomenal. Pendant l'Occupation, c'etait une maniere d'exister dans le domaine spirituel. Les gens qui lui reprochent d'avoir fait jouer ses pieces sous l'Occupation, c'est qu'ils ne les ont pas lues. Faire jouer a 《les Mouches》, il faudrait comparer ca avec Verdi se faisant jouer devant les Autrichiens. Tous les Italiens comprenaient et criaient bravo. Ils savaient que c'etait un acte de resistance. C'est exactement la meme situation pour Sartre.

《L'Etre et le Neant》, c'etait comme une bombe. Et la, non pas comme pour a 《les Mouches》 parce qu'on y aurait vu directement un acte de resistance. Mais parce que c'etait un eblouissement. Tout un livre, enorme, de pensee nouvelle. Quel choc! Je l'ai lu a sa parution. Je me souviens, j'etais avec Tournier, nous etions alles l'acheter. Et nous l'avons devore. Sartre a obsede les gens de ma generation. Il ecrivait des romans, du theatre, alors tout le monde voulait faire des romans ou du theatre. Tout le monde l'imitait. Ou bien etait jaloux, irrite... Moi, il me fascinait. J'ai ete fascine par Sartre. Et pour moi, il y a une nouveaute de Sartre qui ne se perdra jamais, une nouveaute pour toujours.

C'est comme Bergson. On ne peut pas lire un grand auteur sans retrouver chez lui une nouveaute eternelle. Et si aujourd'hui on traite Sartre ou Bergson comme des auteurs depasses, c'est parce qu'on ne sait pas retrouver la nouveaute qu'ils ont eue a leur epoque. Et les deux ne font qu'un: si on ne sait pas retrouver la nouveaute d'un auteur a son epoque, on rate aussi l'eternelle nouveaute qu'il porte en lui. On ne sait plus retrouver ce qu'il est pour toujours. Alors c'est le regne des copieurs, qui sont les premiers a rejeter dans le passe ceux qu'ils ont copies.
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ジル・ドゥルーズ「思い出すこと」(聞き手:ディディエ・エリボン、鈴木秀亘訳、『批評空間』誌第II期第9号、太田出版)、p.6-7

〈サルトル〉

 サルトルは私にとってすべてでした。驚異的な現象でした。フランスがナチの占頷下にあった間、精 神の領域におけるひとつの存在の仕方だったのです。彼が自分の芝居を占頷下で上演させたことを非難 する人々は、彼の作品を読んだことがない人たちです。『繩』の上演は、ヴェルディがオーストリア人 の前で自分の作品を演じさせたのに匹敵します。イタリア人ならば誰でもそれを理解し、ブラボーと叫 びました。彼等はそれがレジスタンスの行為だったことを知っていたわけです。サルトルの置かれた立 場はまったく同じです。
 『存在と無』は爆弾のようでした。『繩』が直接的なレジスタンスの行為だったのと違い、『存在と無』 は読むものの心を奪う作品でした。偉大な、新しい思想の著作だったのです。出版された時に読みまし たが、何というショックだったでしょう。ミシェル・トゥルニエと一緒に買いにいったこと、一気に読 み上げたことを覚えています。サルトルは私たちの世代の人間を捕えてはなしませんでした。彼は小説 も戯曲も書きましたから、皆が小説や戯曲を書きたがりました。誰もがまねをしたか、あるいは、嫉妬 し、いらだっていました。私個人は彼に魅了されていました。私にとっては、決して失われることのな いサルトルの新しさ、永遠の新しさが存在するのです。
 このことは、ベルクソンでも同じです。いつまでも失われることのない新しさをそこに見出すことな しに、偉大な作家を読み取ることは不可能です。今日サルトルあるいはベルクソンが時代遅れのように 扱われるとすれば、それはこの二人がその時代に生み出していた新しさを現在の読者が見過ごしている からです。もしも、ある作家の、時代に先駆けた新しさを再認識できなければ、それはその作家が秘め る永遠の新しさを感知しそこなうことにもなります。このふたつのことは切っても切り離せないわけで す。永久なるものを見失ってしまう、そうなると後はもう模倣者たちの支配です。そしてこの模倣者た ちこそが、真っ先に、本家を過去のものとして葬ってしまうのです。

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http://d.hatena.ne.jp/femmelets/touch/20120215/1329232117
ジル・ドゥルーズ「思い出すこと」(聞き手:ディディエ・エリボン、鈴木秀亘訳、『批評空間』誌第II期第9号、太田出版)、p.11-12

〈マルクス〉

私は共産党に入ったことは一度もありません。(精神分析を受けたことも一度もありません。そういったことはすべて免れました。)60年代以前は、自分をマルクス主義者だと思ったこともありません。共産党員にならなかったのは、党が党員の知識人に何をさせていたかを見て知っていたからです。

当時私がマルクス主義者でなかったわけは、つきつめればマルクスを知らなかったからだということもことわっておかなければなりません。

マルクスを読んだのはニーチェと同じ時期でした。素晴らしいと思いました。彼の生み出したさまざまなコンセプトは、私にとって今でも役立つものです。そこにはひとつの批判、根本的な批判が存在しています。『アンチ・オイディプス』と『千のプラトー』はマルクスに、マルクス主義に完全に貫かれた作品です。現在私は、自分を完全にマルクス主義者だと考えています。例えば、「管理社会」について書いた記事は(月刊ロートル・ジュールナル1号 1990年5月号に掲載、ミニュイ社刊『記号と事件』に収録、邦訳河出書房新社)、マルクスが彼の時代には知りえなかったことを語っているにもかかわらず、完璧にマルクス主義的なテクストです。

マルクスは間違っていたなどという主張を耳にする時、私には人が何を言いたいのか理解できません。マルクスは終ったなどと聞く時はなおさらです。現在急を要する仕事は、世界市場とは何なのか、その変化は何なのかを分析することです。そのためにはマルクスにもう一度立ち返らなければなりません。

〈著作〉

次の著作は『マルクスの偉大さ』というタイトルになるでしょう。それが最後の本です。

〈絵を描くこと〉

私は今もう文章を書きたくありません。マルクスに関する本を終えたら、筆を置くつもりでいます。そうして後は、絵を描くでしょう。

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上記のインタビューは他にラカンに触れていて秀逸。

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ドゥルーズは、生前最後のインタビューでサルトルに触れ、その模倣者たちこそが、まっさきにサルトルを過去のものとして葬ったのだと述べました*1

*1ドゥルーズ思い出すこと」、『批評空間』II-9(太田出版)、pp.6-12

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ドゥルーズは「内在:ひとつの生」でもサルトルの『自我の超越』に言及。
『意味の論理学』(邦訳下258頁)のトゥルニエ論の注でもサルトルの他者論を参照している。

《...ここでのサルトルは構造主義の先駆者である。というのは、サルトルが初めて、他者を、固有の構造として、あるいは、対象と主観に還元できないと特殊性として考察したからである。しかし、サルトルは、この構造を「まなざし」によって定義したために、対象と主観のカテゴリーに再び陥って...》

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 存在と無
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AD%98%E5%9C%A8%E3%81%A8%E7%84%A1 
『存在と無 - 現象学的存在論の試み - 』(原題: L'Être et le néant - Essai d'ontologie phénoménologique -1943 、英題: Being and Nothingness - An Essay on Phenomenological Ontology - )は、フランスの哲学者ジャン=ポール・サルトル(Jean-Paul Sartre)の哲学的主著であり、20世紀に一躍、実存主義ブームを巻き起こした著作としても有名である。 

『存在と無』
邦訳      『サルトル全集 第18-20巻 存在と無 現象学的存在論の試み』松浪信三郎訳 1956-60 →ちくま学芸文庫
http://www.babelio.com/livres/Sartre-LEtre-et-le-Neant/1694/extraits
· SARTRE Jean Paul, L'être et le néant, essai d'ontologie phénoménologique, Paris, Gallimard, 1943, p. 698 p.

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歴史的には主体か構造かという論争はラカンが一人二役で引き継いだ。
(ドゥルーズは初期サルトルを絶賛してはいるが、)
ドゥルーズの構造主義論でもラカンが中心であり、
ドゥルーズにとってはラカンがより重要だ。

ちなみに柄谷は初期サルトルをデリダと対応するものとしている(ダイアローグ2)。
(ドゥルーズにとって表象の問題はさほど重要ではない。欲望は機械的仕組み
であり、表象のなかに閉じ込められない(AO4:3冒頭参照))
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エンゲルスはデューリングを真似て弁証法を作り上げた
マルクスもプルードンを真似て経済決定論を展開した
(サルトルは未邦訳の倫理学ノートでエンゲルスとデューリングの対立を再検討しているという。また、プルードンはあまり読んでいないようだが共産党批判で前出のようにその名前に触れている。)
Notebooks for an Ethics1992/10 Jean-Paul Sartre、 David Pellauer  英訳
http://www.amazon.co.jp/Notebooks-Ethics-Jean-Paul-Sartre/dp/0226735117/

対してドゥルーズは影響を受けた先達やライバルに対してフェアだ
少なくとも盗んでおいてその相手を批判するようなことはしていない
(プラトンやカントなど敵とみなされる人の扱いがうまい。敵の歌を歌うことが出来るのだ。)
生前精神分析を受けたことがないと言っていたが、その必要がなかった


無人島上に収録された「彼は私の師だった」*も、
サルトルに対して実にフェアだ
『記号と事件』冒頭の若いストーカーへの対応もフェアといえばフェアだ
最近浅田彰が言った言葉「素直が一番」が想起される

ただし、ウィトゲンシュタインに対してだけは、、、、、、、
今度ABCを見て確認したい
* ドゥルーズ・コレクション1: 哲学 (河出文庫) に再録。
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サルトルは『想像力の問題』のなかで、あらゆるタイプのイメージを検討しながら、映画固有の映像だけは除外している。これはとても興味深いことです。》(ドゥルーズ『記号と事件』より)

ドゥルーズAO
下3:10
階級の2極性
p307単

http://6305.teacup.com/mappen/bbs/9190
「レーニンやロシア革命の巨大なる成果は、客観的存在(つまり、客観的利益)に合致した階級意識を鍛えあげ、その結果、階級が両極に分かれるのを資本主義の国々に承認せしめたことであった。ところが、レーニン主義のこの偉大なる切断は、『国家』資本主義が社会主義そのものの中に甦ることを妨げなかったし、また同じく古典的資本主義が、まことに文字通りもぐらのように土を掘りかえす仕事を続けながらたえず切断の切断を実現して、このレーニン主義の切断を回避することをも妨げなかった。じじつ、(資本主義によっても、公式の社会主義によっても、同じく統制されることのない)革命的諸要素は、こうした切断の切断によって遥か彼方の周辺や飛び地に吐きだされてしまい、このためんに古典的資本主義にとっては、新しく認められた階級の種々の地区を自分の公理系の中に統合することが可能となったからである。レーニン主義と古典的資本主義とが対立する場合には、選択が残されているのは、もはや次の新旧二つの公理系の間においてでしかない。すなわち、<社会主義『国家』の、早くも飽和してテロルの様相をもった厳格な新しい公理系>と、<資本主義『国家』の、柔軟で決して飽和されることのないだけにそれだけ危険な、古い厚顔無恥の公理系>との間においてでしかない。しかし、じつは、最も直接的なる問題は、産業社会が次のものなしですますことが可能であるかどうかを知ることではない。つまり、剰余価値物なしで、剰余生産物なしで、すますことが可能であるかどうかを知ることではない。こうした問いの答えが否であることは明らかであるが、同時にまた、こうしたことばで提起された問題は問題が適切な仕方で提起されていないということも明らかである。また、最も直接的なる問題は、党や『国家』の中に具体化された階級意識が客観的な階級利益を裏切ることがあるか、ないか、を知ることでもない。「この客観的な階級利益といわれるものは、一種の自発性を潜在的に具えたものとされているが、この自発性は、この階級利益を代表すると主張する種々の決定機関によって窒息させられているからである」。『弁証法的理性批判』におけるサルトルの分析によれば、階級の自発性というものは存在せず、ただ『集団』の自発性のみが存在するにすぎないということであるが、この分析はわれわれには極めて正当であるように思われる」(「アンチ・オイディプス・第三章・第十節・資本主義の表象」)


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レイモン・アロンの立場 - 
http://www.hananoe.jp/culture/bouken/bouken121.html
「私たちは、一緒にモンパルナス通りの〈ベック・ド・ガズ〉で一夕を過ごした。私たちはこの店のおすすめである杏のカクテルを注文した。アロンは彼のグラスを指さしながら、『ねえ君、君が現象学者ならば、このカクテルについて語ることができ、しかもそれは哲学なのだ』と言った。サルトルは、それを聞いて感動で青ざめた。ほとんど青ざめた、と言って良い。それこそまさに、彼が何年も前から望んでいたことだったのだ。事物について触れるがままに語り、しかもそれが哲学である、ということは」
(シモーヌ・ド・ボーヴォワール『女ざかり』第三部)
_________

 …レヴィストロースとの論争の後サルトルが構造主義について語った
インタビューから彼の考えがよく出ている箇所を抜き書き


《たしかに構造的分析は、血縁関係の複雑な組織や古代社会における神話の
意味をよりよく理解することを可能にします。しかしながら、レヴィ=スト
ロースが考え、実行している構造主義とは、たとえば神話のように、すでに
構成済みの体系にしか適用されないという意味で、現在みられる歴史への
不信に大いに与って力があったのです。》

《人々は、たびたび私の〈歴史主義〉について非難します。ある人々の言う
ところによれば、私は人間と主体とを何の媒介もなしに歴史の広大で不分明
な動きの中に投じているということになります。しかし私はけっしてそんな
ことを言ったことはありません。人間とは、私にとって構造の産物ではあ
りますが、しかし同じ程度に構造を乗り越えるものなのです。こう言った
ほうが良ければ、歴史の停止の相があり、それが構造なのです。人間は諸構
造を受け取ります。−そしてこの意味で諸構造は、人間を作るということが
できるのです。しかし、人間は自分が歴史に参加している限りにおいて、
それらのものを受け取るので、その参加の仕方の結果、彼はそれらを破壊
して新しい構造を作り出し、今度はそれが彼を条件づける、というふうに
ならざるをえないのです。》「構造主義について」1964年 


 サルトル対談集〈第2〉哲学・政治・言語を語る (1970年) (人文選書〈17〉) 鈴木 道彦 34頁

ジル・ドゥルーズ Gilles Deleuze 17 -
yomogi.2ch.net/test/read.cgi/philo/1413627379/
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『プルードン研究』(岩波書店)でも引用されていましたが、サルトルのプルードンへの言及をあらためて引用したいと思います。
ドゥルーズが晩年、サルトルを再評価していたのもうなづけます。
以下引用です。

「マルキシスムもまた競争相手の理論を吸収し、消化して、開かれたままでいなければならなかったにちがいない。ところが人も知るように実際につくり出されたのは、百の理論の代りに二つの革命的イデオロジーにすぎなかった。ブルードン主義者は、一八七〇年以前の労働者インターナショナルでは多数を占めていたが、パリ・コンミューンの失敗によっておしつぶされた。マルキシスムは敵対者に打勝ったが、その勝利は、マルキシスムがのり越えながらそのなかに含んでいたヘーゲル的否定の力によるものではなく、純粋に単純に二律背反の一方の項を押えた外力によるものであった。その光栄のない勝利がマルキシスムにとってどういう代価を意味したかは、何度いってもいい過ぎない。すなわち矛盾する相手が欠けたときに、マルキシスムは生命を失った。もしマルキシスムが最もよい状態にあり、絶えず戦い、征服するために自己を変革し、敵の武器を奪って己れのものにしていたとすれば、それは精神そのものとなっていたであろう。しかし、作家貴族がマルキシスムから千里もはなれたところで抽象的な精神性の番人になっている間に、マルキシスムは教会になったのである。」

サルトル『文学とは何か』(1947)第三章「誰のために書くか」(『シチュアシオン2』人文書院p141.加藤周一訳)より

  • シチュアシオン』 Situations(1947–65年)
    • 『文学とは何か』 Qu' est-ce que la littérature?(1948年)

上記の問題意識は『弁証法的理性批判 』(1960)の組織論、集団論につながる。
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『弁証法的理性批判 』(1960)におけるサルトルの集団論:

     図解雑学サルトル より

         実践的総体 Ensembles pratiques or集団的実践<Pratique-Ensembles>
集列<serie>、集合態<collectif>  溶解集団<groupe en fusion>

「階級とは一つの実践的な連帯性ではなくて、かえって逆に連帯性の欠如による諸運命の絶対的統一である」『弁証法的理性批判 Ⅰ 』人文書院 370

「集団はいかなるものであれ、群集の惰性的存在の中に再転落する理由を自らのうちに含んでいる『弁証法的理性批判 Ⅱ 』人文書院  13

例えばフットボールチームという一種の組織集団において、各人のプレーというのはすでに定められた職務によって規定されているのであるが、各人は共同の目標(試合で勝利を得ること)を目指して自らの果たさねばならない職務を自由に引き受け、それを実現する」のである。サルトルによれば、ここでは「必然性としての自由と、自由としての必然性との等価性が成立する
(『弁証法的理性批判 Ⅱ 』人文書院   9頁)

しかしながら、規模の大きな組織集団になってくると、フットボールチームのように絶えず全員で共通の目標を確認していくということはできなくなる。…

大規模な集団の統合力をさらに強化するために制度というものが形成されると、そのことによって制度集団が成立する。ここにおいて組織(職務の分担等)は制度として固定され、成員間の分化・差異化は位階制(ヒエラルヒー)へと転じる。この位階制というのは単に個々の成員の間に形成される差異化・序列だけでなく、複数の集団の間に形成される(上位集団・下位集団という)階層化という形で実現されるのである。

そして、このような制度集団において、「“共同的個人”はそれ自身が“制度的個人”に変貌する」
(『弁証法的理性批判 Ⅲ 』人文書院  39頁)
制度集団の一種である主権集団(=国家)および官僚制についてみておこう。
国家とははっきりした主権を備えた制度集団である。国家においては主宰権(主権)というものが中央の国家機関に集中させられ、その中心をなす少数者(さらには一個人)が公権力を独占的に握るようになる。

そして、この国家権力(公権力を握った少数者)は、集合態(集列体)としての大衆に働きかけ、その操作・操縦を行うようになる。サルトルの言うように、国家権力とは「惰性的集列体の操作を要求する集団なのである。
(『弁証法的理性批判 Ⅲ 』人文書院  94頁)

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『弁証法的理性批判』 Critique de la raison dialectique(1960年) wikiより

『批判』においてサルトルが行おうとしたことは、実践弁証法によって史的唯物論を再構成し、「発見学」<euristique>としての本来のマルクス主義を基礎づけなおすことだったのである。
『弁証法的理性批判』は、
  1. 構成する弁証法(個人的実践)
  2. 反弁証法(実践的惰性態)
  3. 構成された弁証法(集団的実践)
の3つの段階を進んでいく。その内容を大まかに見ると次のようになる。
人間の主体的実践が疎外され客体化・固定化することによって実践的惰性態<pratico-inerte>「=生産物、生産様式、諸制度、政治機構など、人間によってつくられた“存在”」が形成される。それは、人間によって形成されたものであるが、「すでに形成されたもの」として諸個人を規定・支配する社会的・歴史的現実である。それらの分野に埋没し、受動的に支配される人間は、真の活動性を持たない集合態<collectif>にすぎないが、共通の目標を目指す集団<groupe>を形成し「共同の実践」をつくりだすことによって、実践的惰性態をのりこえ、真の活動性をとりもどす。
実践的惰性態(=生産物、生産様式、政治制度等)は、いわば歴史の「受動的原動力」であり、社会・歴史の客観的構造や運動法則というのはこの分野において成立する。それに対して集団的実践(特に階級闘争)は歴史をつくる人間の主体的活動であり、歴史の「能動的原動力」というべきものである。
このような『弁証法的理性批判』における理論形成の意図をサルトルは『方法の問題』の中で繰り返し述べている。
例えば『方法の問題』の第2章、「媒体と補助諸科学の問題」でサルトルは「生産関係及び社会的政治的構造の水準では、個々の人間はその人間関係によって条件づけられている(76頁)」として、生産関係(経済的土台)と個人との間に家族、居住集団、生産集団など現実に数多くの「媒体」が存在すること、「発見学」としてのマルクス主義はそれをも含めて解明していくことが必要であると主張した。
そして、個人の意識の縦の方向に関わるものとして精神分析学の成果を、また、社会的な横の総合に関わるものとしてアメリカ社会学の成果を、マルクス主義の中に「方法」として取り入れることを主張したのである。
以上のように、実践的惰性態<pratico-inerte>、集合態<collectif>、集団<groupe>等の概念を駆使して史的唯物論の再構成を目指した『弁証法的理性批判』の意図は、マルクス主義の中に精神分析学やアメリカ社会学の成果を包摂し、20世紀の知の集大成を行うことで「構造的、歴史的人間学」を基礎づけることであった。
_______
https://sites.google.com/site/epistesthique/notes/ph/rd
Critique de la raison dialectique I
(précédé de Question de méthode)
Tome I
Théorie des ensembles pratiques
Jean-Paul Sartre
NRF Librairie Gallimard, 1960

 方法の問題
Question de méthode
Contenu
   • I. Marxisme et existentialisme
   • II. Le problème des médiations et des disciplines auxiliaires
   • III. La méthode progressive-régressive
   • Conclusion
https://fr.wikipedia.org/wiki/Questions_de_m%C3%A9thode

 1
Critique de la raison dialectique
Introduction
A. Dialectique dogmatique et dialectique critique
B. Critique de l'expérience critique

 Tome I
Livre I De la « praxis » individuelle au pratico-inerte
A - De la « praxis » individuelle comme totalisation
B. Des relations humaines comme médiation entre les différents secteurs de la matérialité, p. 180
C. De la matière comme totalité totalisée et d'une première expérience de la nécessité
 1 - Rareté et mode de production, p. 201
 2 - La matière ouvrée comme objectivation aliénée de la « praxis » individuelle et collective, pp. 226-227
 3 - De la nécessité comme structure nouvelle de l'expérience dialectique, p. 279
 4 - De l'être social comme matérialité et, particulièrement de l'être de classe, p. 286
D. Les collectifs, p. 306

 2
第二部 集団から歴史へ(上)
集団について。必然性としての自由と自由としての必然性との等価性。
Livre II Du groupe à l'histoire
A. Du groupe. L'équivalence de la liberté comme nécessité et de la nécessité comme liberté. Limites et portée de toute dialectique réaliste, p. 381
a. L'être-un du groupe lui vient du dehors par les autres. Et sous cette première forme l'être-un existe comme autre, p. 553
b. Dans l'intériorité du groupe, le mouvement de la réciprocité médiée constitue l'être-un de la communauté pratique comme une détotalisation perpétuelle engendrée par le mouvement totalisant, p. 562
c. De l'expérience dialectique comme totalisation : le niveau du concret, le lieu de l'histoire, p. 632

 3
Critique de la raison dialectique
 Tome II
Livre III  
L'intelligibilité de l'histoire
A. La lutte est-elle intelligible ?
B. La totalisation d'enveloppement dans une société directoriale : rapports de la dialectique et de l'antidialectique
C. Singularité de la praxis : éclatement du cycle organique et avènement de l'Histoire
Annexe
LE PROGRÈS
Science et Progrès, p. 427
Principales notions
https://sites.google.com/site/epistesthique/notes/ph/rd2
http://www.gallimard.fr/searchinternet/advanced?all_title=Critique+de+la+raison+dialectique.+&SearchAction=1&SearchAction=ok
___

弁証法的理性批判(べんしょうほうてきりせいひはん)とは - コトバンクhttps://kotobank.jp/word/%E5%BC%81%E8%A8%BC%E6%B3%95%E7%9A%84%E7%
90%86%E6%80%A7%E6%89%B9%E5%88%A4-1590950

弁証法的理性批判
べんしょうほうてきりせいひはん
Critique de la Raison Dialectique





サルトルの著作。1960年刊。『存在と無』(1943)に続く第二の大作である。基本的にマルクス主義の正当性を肯定しながらも、その硬直した教条主義を批判し、人間の自由を肯定する実存主義を そのなかへ織り込むことによって、マルクス主義に若き活力を取り戻そうとするものであった。弁証法的理性とは、歴史を客観的事象として外から眺める分析的 理性と違って、実践的に歴史のうちに参入することによってその意味を了解しようとするものである。またそれは、「歴史的、構造的な人間学」を構成しようと する試みともされている。この著書には長文の「方法の問題」という論文が巻頭に置かれているが、本論は第一巻のみで未完に終わっている。[西村嘉彦]
『平井啓之訳『方法の問題』(1962・人文書院) ▽竹内芳郎・矢内原伊作・平井啓之・森本和夫・足立和浩訳『弁証法的理性批判』全三巻(1962~73・人文書院)』
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https://fr.wikipedia.org/wiki/Jean-Paul_Sartre

Sartre,J.P.,1946,L'Existentialisme est un humanisme, Editions Nagel.(伊吹武彦他訳,1955,増補新装版1996,『実存主義とは何か』人文書院)
Sartre,J.P.,1960,'Qestion de méthode',Crtique de la raison dialectique,tome1,Gallimard.(平井啓之訳1962『方法の問題』人文書院)
Sartre,J.P.,1960,Crtique de la raison dialectique,tome1: théorie des ensembles pratiques,Gallimard,(平井啓之訳,1962-65,『弁証法的理性批判、第1巻実践的総体の理論』人文書院)
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ハイデガー、人は存在の声を聞く牧人 (No283 08/12/18)

 サルトルは「実存は本質に先立つ」とし、人間はいかなる本質的なものからも束縛されない自由であるとした。悪人である私が、自分の本質を表明して「私は悪人です」と言った場合、悪人と評価した私は「悪人だった私」を超越している。それゆえもう悪人ではない。私は悪人から切り離された自由の立場にあると言うのがサルトルの実存主義であった。
 だが、この論理、やはりどこかおかしい。理屈の上ではたしかに悪人を超越しているかもしれないが、現実的には「悪人です」と言っただけで悪人でなくなるわけではない。実際には依然として悪人のままである。現象学的な意識の上ではそうでも、現実の人間にそのまま当てはめるには無理がある。
 サルトルが「実存は本質に先立つ」と言ったが、あなたはどう思うか、とあるフランス人がハイデガーに質問している。それに答えたサルトル批判の短い手紙が論文として残されている。「ヒューマニズムについて」( Über den Humanismus/1949、日本語版は 角川文庫1709、桑木努訳 ) がそれだ。今回は、ここからハイデガーの真理観を見てみよう。
 ナチが崩壊し、それに荷担した責任を追求されている直後に出されたこの書簡の中身は、それ以前の「存在と時間」の中で書かれたものと、180度考えが変わったもので、これについてハイデガーは自らの考えを「転回させた」ものと述べている。
 この書簡の中で述べる内容が、彼が考える「真理」の問題である。真理とは何か、それについて、ハイデガーはアリストテレスの「アレーテア」というギリシャ語を使って説明する。この言葉はハイデガーに言わせれば、「何か隠されたもの、隠蔽されたものが明るみに出てくること」を意味する。真理とはこのようにわれわれから隠されたものをはっきりさせることである。そして、その隠されたものとは従来から彼が追求していた「存在の真理」に他ならないというのである。
「ヒューマニズム」について
「ヒューマニズム」について
マルティン・ハイデッガー, 渡辺 二郎

ハイデッガーは主著『存在と時間』を1927年に出版した後、「存在論的転回」と呼ばれる大きな思想転回を迎えます。1947年、書簡体形式で発表された『「ヒューマニズム」について』には、人間よりも存在を重視する後期ハイデッガーの思想が凝縮された形で表明されています。これは『存在と時間』発表後、長い沈黙をおいての思想表明であり、『存在と時間』に対する様々な疑問、反論に答える内容にもなっています。

ジャン・ボーフレが発した問いのうち、「どのようにしてヒューマニズムという語に、ある意味を与え返すべきなのか」という問いにのみ、ハイデッガーは答えます。

一般的にヒューマニズムは、人間を動物から区別します。区別のもととなるのは、人間だけが持つ理性です。「人間は理性的動物である」というヒューマニズムの定義に対して、ハイデッガーは、それでは人間の本質が何も示されていないと反対します。

ハイデッガーは、「存在へと身を開き、そこへと出で立つありかた」を、人間、すなわち現存在の本質として規定します。人間とは何であるかという問いでは、人間の本質は言い当てられず、ただ存在との関わりによって、人間の本質が理解されるのだというのが、ハイデッガーの意見です。

では、この存在とはどういうものでしょうか。存在とは、存在者を存在者にあらしめているもの、存在者を光の中に現出させてくるものです。人間が現存したり、現存しなくなったりの決定を行なうのは、人間ではなく、存在の運命だと言います。

存在は神ではないし、世界の根拠でもありません。存在は、あらゆる存在者よりも、より広く遥かでありつつ、それでいて人間には、どんな存在者よりも近いものと考えられます。

人間が存在者について考える時、つまり形而上学的思索を行なっている時、存在も思索の対象となりますが、やはり存在そのものは思索されていません。存在の真理は形而上学に隠されているのです。

形而上学のヒューマニズムやサルトルの実存主義に対して、ハイデッガーは人間よりも存在が重要だと言います。ハイデッガーによれば、言葉は存在の家、すみかであり、言葉で思索することによって存在が開示されてくると言います。

(2)ハイデッガーVSニーチェ
 …
ジャン=ポール・サルトルの場合、まずジャーナリズムが彼の哲学・文学を「実存主義」と呼んだのがはじまりである。それを受けて、彼は「実存主義はヒューマニズムであるか」という講演を行い、その内容を『実存主義はヒューマニズムである』として刊行したのである。このときから、彼は自身を「無神論的実存主義者」として規定してゆくことになる。彼の主著『存在と無』は、他者のまなざしに晒された対他存在について論及しており、「実存主義」とジャーナリズムに呼ばれた時から、そのレッテルを引き受ける覚悟をしたと思われる。(なお、サルトルの『実存主義はヒューマニズムである』に対して、ハイデッガーは反発をしている。角川文庫版『ヒューマニズムについて』参照。要するに、ハイデッガーは人間中心主義者ではなく、存在中心主義者なのである。また、サルトルによって「無神論的実存主義者」に分類されたが、ハイデッガーは<神>の位置に<存在>があるわけだから、この分類も杜撰すぎるといえよう。)


ドゥルーズ体系:     分子化
      スピノザ 【 分 析 】 Heidegger         
          \   |   /
           千のプラトー
        ライプニッツ| ベルクソン
             \|/
 【規定】差異と反復ーーーシネーーー意味の論理学【反省】
             /|\     [修辞学?]
        フーコー/ | (ヒューム
       (マルクスアンチ フロイト
          /・オイディプス
      サルトル 【 総 合 】 ニーチェNietzsche

5 Comments:

Blogger yoji said...

ジャン=ポール・サルトル+シモーヌ・ド・ボーヴォワール+大江健三郎+坂本義和+鶴見俊輔+日高六郎+加藤周一+平井啓之+鈴木道彦+海老坂武+白井浩司共著『サルトルとの対話』(人文書院、人文選書7、1967)

※日本滞在中に行われた対談を収録。
「知識人、核問題をめぐって」(岩波書店『世界』主催、同誌1966年12月号に掲載、参加者ジャン=ポール・サルトル+シモーヌ・ド・ボーヴォワール+大江健三郎+坂本義和+鶴見俊輔+日高六郎+加藤周一、1966年10月12日に実施。)
「私の文学と思想」(河出書房『文芸』主催、同誌1966年12月号に掲載、参加者ジャン=ポール・サルトル+シモーヌ・ド・ボーヴォワール+平井啓之+鈴木道彦+海老坂武+白井浩司、1966年10月14日ホテル・オークラにて実施。)
「西欧と日本」(1966年10月14日NHKテレビにて放映、参加者ジャン=ポール・サルトル+加藤周一+白井浩司、1966年10月4日NHK大阪にて収録。)
「ベトナムに平和を・市民連合」主催で、1966年10月15日に読売ホールで開かれた討論集会「ベトナム戦争と反戦の原理」でのサルトルの発言も収録。



ジャン=ポール・サルトル他著、鈴木道彦・海老坂武・永井旦他訳『サルトル対談集II』(人文書院、人文選書17、1970)

※「哲学教育と哲学の意味について」「構造主義について」「人間科学について」「作家とその言語」「サルトルは朝鮮動乱をどう見るか」「ウィーン諸国民平和大会での発言」「私がウィーンで見たもの、それは平和だ」「狂犬病にかかった動物たち」「歴史に反逆する武器・水素爆弾」「ヘルシンキ世界平和集会での発言」「文化の非武装化」「思想における平和共存と対決」「人間は生きるへきもの」「プダペスト反乱をめぐって」「アルジェリア戦士との連帯」「若者とアルジェリア戦争」「何故アメリカ行きを拒否するのか」「犯罪」「ジェノサイド」「アラブ人とユダヤ人」「中近東戦争について」「の神話に抗議する」「恫喝を拒否しよう」「左翼の終焉か、回復か?」「知識人の任務」「ボリビアの理論家」「知識人と革命」を収録。

7:33 午前  
Blogger yoji said...

ジャン=ポール・サルトル他著、鈴木道彦・海老坂武・永井旦他訳『サルトル対談集I』(人文書院、人文選書16、1969)

※現代文学に関する対談を収録。「神話の創造者」「フランス人の見たアメリカの小説家」「実存主義と文学」「『悪魔と神』をめぐって」「演劇を語る」「『ネクラソフ』をめぐって」「演劇は政治的現実に近づくことができるか」「帰還者の沈黙」「『アルトナの幽閉者』はわれわれすべてに関係がある」「ものと観客」「演劇と行動」「演劇の神話と現実」「言語の構造」「暴力の時代における文学の全体」「芸術創造と人間学」「チェコスロヴァキアのサルトルI」「チェコスロヴァキアのサルトルII」「『言葉』について」「ではサルトルはだれのために書くか」「裏切者にあらず」「リアリズムと虚構」

http://mixi.jp/view_bbs.pl?comm_id=1029413&id=8618960

7:41 午前  
Blogger yoji said...


パピエ下96頁原注で、サルトルの創刊の辞をデリダは引用している。

「すべての人間は同胞である。同胞愛は、分散した分子を結ぶ受動的な絆である。この絆は分析的な精神には想像もつかないような行動的な連帯、階級的な連帯の場となるのである」『シチュアシオンII』13頁


しかし、私見ではドゥルーズは『千のプラトー』において、地質学、動物生態学など、分割し、分析することで、分子化とその結合を可能にする道程を見つけたと考える。 実存は分析することで本質と交わるのである。分析がなければ総合もない。

1:09 午後  
Blogger yoji said...

《フッサール的な意味の付与は、徐々に退行する同質のセリーから、その次には異質のセリーから成るひと つの組織から―― それはノエシスのセリーとノエマのセリーであ って、(ウルドクサと何らかの対象という)二つの面の決定機関が浸透しているものだが――適切な仮象を借りてくることである(4)。しかしそれは、 真の生成についての、またセリーのなかで実現されることによって生成を規定しなければならない意味の付与についての、さらには、準原因として作用し、この意味付与を支配しなくてはならない二重のナンセンスについての、合理的な、もしくは合理化された戯画にすぎない。実際、内在的な準原因に基づく意味 の付与、命題の他の次元にとって結果する静的な生成は、サルトルが 一九三七年に書いた、決定的な意義のある論文のなかで提起した条件に対応する、先験的な領域のなかでのみなされうる。それは、非人称的な先験的な領域であって、綜合的な個人の意識、主体的な同一性という形式を持ってはいない。むしろ主体がつねに構成されている(5)。基礎は、それが基礎付けるものとまったく類似していない。

4 フッサール #100-101,102sq
5 Cf.Sartre,《La Transcendance de l'Ego》 .in Recherches phslosophiques, 1936-1937. puls ed.Vrin.自我としての私を生産するものである《非人称的もしくは前人称的な》先験的領域という考え方は、きわめて重要である。サルトルのばあい、この考え方が展開してあらゆるその帰結が生まれるのを妨げているのは、非人称的な先険的領域が、まだ意識の領域として規定されているからである。この意識の領域は、その結果として、それ自体によって、私なしで、志向性もしくは純粋な留保によって統一されなくてはならないものである。》

ドゥルーズ意味の論理学#14,邦訳127~8,425頁
サルトル自我の超越

サルトル全集〈第23巻〉哲学論文集 (1957年) - – 古書, 1957



http://www.eleutheria.com/philo/autoaffection/sartre/ego.html
 ここで追いかけているのは、自己触発の形象なのであるが、それはまた受動性能動性の脱臼というものにも関係している。このことが最も明瞭に見て取れるのは一見してキルケゴールに従うハイデッガーではなく、サルトルである。(その『自我の超越』に注目するドゥルーズが同じく受動能動の脱臼状態(『差異と反復』)、あるいは受動能動の彼方にある意味(『意味の論理学』)に拘るということは、意義深く見える。)

 『自我の超越』はカントの自我論、つまり実体としての自我の拒否論から始まる。そしてカントが人間精神の英知体に唯一認める<自発性>の領域をフッサールの超越論的意識に求める。

 「この地平では、現われが絶対なのだから、可能的なものと現実的なものとのあいだに、もはや区別はない。また障碍もなければ限界もなく、意識を意識自身からかくすいかなるものももはやない。そのとき意識は、意識の自発性の宿命とでも呼び得るものに気づいて、とつぜん不安になる。この絶対的な、癒し難い不安、この自己恐怖こそ、わたくしたちには純粋意識を構成しているもののようにおもわれるし、これこそ、さっきかたった神経衰弱的な混乱の鍵をあたえるものなのである。」(『自我の超越』、人文書院『哲学論文集』所収、239)

 もはや何ものにもつなぎとめられない自発性、能動性は精神の病の構成契機なのだが、同時に<純粋意識>をも構成する。とはいえ、この部分は叙述があらかた済んでからのもので、当初はこうではなかった。



 サルトルがフッサールの超越論的意識に見ていたものは、<我>の人称性も<自我>の実体性もない、まさに純粋能動意識であるが、それがそうであるのはしかし、<対象>への志向性というおきまりの格言が持つ受動能動体が保証する平安な領野においてのことである。

 確かに自己触発という表現は出てこないにせよ、次のような表現は他の哲学者なら自己触発と呼ぶかもしれない事態を示していよう。

 「意識自身が自分で自分を統一づけるのであり、しかも具体的に、過去の意識の具体的現実的な把持(retentions)である<横>の指向性の作用によって統一づけるのだ。したがって、意識は絶えず自分自身へと投げ返すものであって、<一つの意識>について語ることはとりもなおさず一切の意識についてかたることになるのだし、この特異な特性は、他の点で意識が<我>とどんな関係を持つにしても、もともと意識それ自身に帰属するものなのである。フッサールは『デカルト的省察』において、時間のなかで自分を統一づける意識というこうした概念を、完全に保有していたようにおもわれる。一方、意識の個性も、あきらかに意識の性質から生まれるものだ。意識は、ただ自分自身によってしか限界づけられない―――スピノザの実体のように。」(184)

 こうした意識が<非反省的意識>とされ、それに対する<反省意識>が、いわばこの根源的受動能動たる自己触発性から、ハイデッガー的に言えば<頽落>する。

 ハイデッガーにおいては、実存と非実存の共通項が時間における受動(事実性)能動(超越)体として記述され、実存は「将来的既在的瞬間」として、非実存は「予期的忘却的没頭」とされ、かくて同じ受動能動性が、未来の先取りとしての予期や、過去の事実性が誘う忘却や、現在の世界内部性への没頭によって<頽落>する。

 サルトルにあっては、超越論的意識の自己触発的運動が、我やエゴの構成によって「退化する」。したがってここには「退化した受動能動についての論」があることになる。

 もっともサルトルは自発性の退化というだろう。ただここではその前場面として、超越論的意識があり、その意識は「自己についての意識」であり、「己自身によって限界づけられる」というその限界づけ「られる」相を、私はサルトルがそれ以上言及しない<受動性>とみなしているのである。

9:27 午後  
Blogger yoji said...

サルトル全集〈第23巻〉哲学論文集 (1957年) | |本 | 通販 | Amazon
https://www.amazon.co.jp/サルトル全集%E3%80%88第23巻〉哲学論文集-1957年/dp/B000JAWV3U/


kaizen
殿堂入りNO1レビュアー
5つ星のうち5.0想像力、自我の超越、情緒論素描
2008年10月1日
想像力、自我の超越、情緒論素描の3本の論文を掲載している。
自我の超越において、「コギトにおける我れと意識」という節がある。
結論では、フッサールの「デカルト的省察」「形式的および超越論的論理学」を参照している。
訳注で、サルトルが、自我を、JE、Moi,Egoの3つの言葉を使い分けているという。
この使い分けが分かれば、少しはわかったことになるのかもしれない。
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3:18 午前  

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